流行り廃りに左右されないカスタムスタイル、カフェレーサー。セパレートハンドルにバックステップ、メガホンマフラーといったパーツを用いて ネイキッドバイクをストリートレーサー風に変貌させるイギリスの古き良きカスタムカルチャーは日本でも人気を博し、さまざまなバイクがカフェスタイルへとカスタマイズされています。
選ばれる車両はヤマハ SR400やホンダ GB250 クラブマンといった中排気量が主で、401cc以上の大型バイクだとカワサキ W800やハーレーダビッドソン スポーツスターあたりでしょうか。
タイトルからお察しの通り、英ロンドンに居を構えるバイクカスタムショップ「DEATH MACHINES OF LONDON」(以下 デスマシーン)が選んだカフェレーサースタイルにカスタムするベース車両に選んだのは、ホンダ ゴールドウイングなのです。
ベースは1977年式ホンダ ゴールドウイング
車種に詳しい方ならご存知であろうゴールドウイング。水平対向6気筒エンジンを心臓に充実のラゲッジケースと ロングツーリング向けの装備をそこかしこに備えた大陸横断を可能にするメガツアラーです。デスマシーンが手がけたタイトル下の写真を見たら、ゴールドウイングの面影を感じるのはエンジンぐらいだと思われたはず。
ひとくちにゴールドウイングといってもタイプはいくつかあり、デスマシーンが選んだのは1977年式のモデル。1975年、ハーレーダビッドソンをはじめとするメガツアラーに対抗すべく生み出されたゴールドウイングは、北米仕様モデルとして販売を始め、日本では1988年からの販売開始となりました。1977年式の本モデルは排気量999ccのハイパワーエンジンを積んでいつつも、まだまだネイキッドバイクとしてのシルエットを持ち合わせており、デスマシーンのカスタムバイクも「現代のリッタースポーツバイクをカスタムした」と 比較的ニュートラルに見られるスタイルです。
KENZOの名に込められた日本との縁
ベースモデルの名前も大きなサプライズですが、何より目を引くのがこの造形。イメージしたのは日本の武士の甲冑だそうで、普段はトライアンフやドゥカティといった(私たちから見て)海外モデルをカスタムするデスマシーンが このゴールドウイングを前にして、日本のモーターカルチャーへのリスペクトから「建造 -KENZO-」という名と甲冑というモチーフを用いたと言います。
KENZOの名の由来は、初めてマン島TTレースに参戦した日本人ライダー多田健蔵氏から。今から約130年前の1889年、神奈川県秦野市に生まれた同氏は、東京都日本橋で輸入オートバイの販売を手がける傍らでオートバイレーサーとしての腕を磨き、オートバイ熱が高まった大正時代におけるモータースポーツイベントの中心的存在となられました。
イギリスのバイク雑誌からマン島TTレースの存在を知った多田氏は1930年(昭和5年)、シベリア鉄道を利用して40日間かけてヨーロッパを横断し、マン島TTレースに初の日本人レーサーとして参戦。途中何度か転倒するも すぐさま立ち上がって再びバイクを駆る姿から、現地の人々は彼を「the India Rubber Man」と呼んで賞賛したと言います。
奇しくもこの1977年 GL1000は、多田健蔵氏が亡くなられた翌年にデビューしたバイク。そんな奇縁もあってか、デスマシーンのデザイナー James Hilton氏とメカニック Ray Petty氏は 多田氏のモーターサイクル界への高い貢献と本田技研工業が生んだジャパンメイドバイクへの敬意から、武士のような彼の生き様を甲冑として表現し、「建造 -KENZO-」という名を刻んだのです。
よく見ると字が違っていますね。多田健蔵氏と「建造 -KENZO-」……日本語は難しいですから、仕方ないですね。
ボディパーツは3Dプリンターによる造形
2018年に開催されたカスタムバイクショー「Bike Shed London Show」にて初披露された GL1000 Cafe Racer。未完成な状態での展示で、その後この最終形態までのメニューを消化しました。フロントカウルは侍の刀 “ブレード” を、そしてフューエルタンク周辺の折り重なった鋭利なボディワークは甲冑をイメージしたデザインで、アルミニウムを素材に3Dプリンターで造形されたというから驚きです。
日本では大手アフターパーツメーカーの多くが 導入した3Dプリンターで試作品を手がけていると聞きますが、このボディパーツのような大きなサイズの最終部品はまず見かけませんし、アートとも言える特殊造形のカスタムビルドに用いているケースも極めて稀。カフェレーサーという古き良きカスタムスタイルを近代的なコンセプトに基づくデザインと最新の技術で作り上げてきた、と思うと、これまでのカスタムバイクのあり方と一線を画した一台だと言えます。
ブレードを表現した自慢のフロントカウルに仕込まれているのは、米カリフォルニアのLEDライトメーカー「Luminit LLC」に特注したホログラフィック拡散フィルム内蔵の専用LEDヘッドライト。小さなラウンドヘッドライト2個と直線型LEDライトが組み合わさったアシンメトリーなこの組み合わせは、走行中のライダーにとって最適な視界を確保する配光となるよう設計されています。
「建造 =KENZO=のハンドメイドスピードメーターは、18世紀の日本の宝石箱から鋳造されたドラゴンと、同じくハンドメイドのポインターを組み合わせている」と語る James Hilton氏。
ドラゴンが描かれたオーナメントの上にスピードメーターパネルが重ねられ、内側から光るLEDライトでアーティスティックなビジュアルとメーターを浮かび上がらせる心憎い演出が施されたワンオフパーツです。
編み込まれた生地が織りなすワンオフのシート。武士が鎧の下に着込む着物をイメージしたデザインだそう。
「チタンサムライ」とデスマシーンが名付けたバーエンド仕込みのレバーキット。同ショップが言う通り素材はチタン。デザインも秀逸ながら、ここにチタンを用いる贅沢さに唸らされます。
「面影を感じるのがエンジンぐらい」と言いましたが、そうなんです専用設計のスイングアームが備わっているんです。1977年式 GL1000を見てもらえれば分かりますが、ノーマルモデルはリアタイヤの左右にサスペンションがある従来のツインショック型なのに対し、このカフェレーサーはモノショックと解釈すべき箇所に2本のサスペンションが備わっています。モノショック型の構造のフレーム & スイングアームを2本のサスペンションで支えるカフェレーサー–––。バイクとしての設計までもが規格外すぎて、見ているだけで興味が尽きません。
最新技術が生み出したレガシー溢れる物語がこの一台に
ホンダ GL1000 ゴールドウイングというバイクを前にして、最新技術をもって 日本のモーターカルチャーをリスペクトした物語を描いてくれたデスマシーン。このカフェレーサーに出会えたことで、我が国のバイクのムーブメント発祥を振り返る機会を与えてもらえたと James Hilton 氏と Ray Petty 氏に感謝したくなる想いです。世界から一目置かれる日本のカスタムバイク文化、その日本からこんなレガシーを感じさせてくれるアートなモーターサイクルが生まれてくるのが楽しみですね。