カワサキ・GPX750Rは、1986年にトム・クルーズ主演の映画「トップガン」で一躍有名になったGPZシリーズの後継車としてデビューしました。究極を意味するZから未知数を意味するXへ。
そのネーミングには、兄弟そろって一流大学合格を願う親のような期待が込められていたのです…たぶん
80年代、ナナハンは不遇の時代を過ごしていた
いまでこそ大型二輪免許は教習所、イマドキ風に言えばジガクで取得できますが、1986年当時はまだ試験場で一発合格の時代でした。400cc以上のバイクを乗り回すライダーは羨望のまなざしで見られ、テングになっている人もたくさんいました。中でもGPZ900Rの人気は高く、MA-1を着てトム・クルーズになり切る輩がたくさんいました。しかしそれは「GPZ900R」に限ってのオハナシ。国内モデル「GPZ750R」は日陰の存在でした。
メーカー名:カワサキ
車名:GPZ900R
重量:228kg
エンジン:水冷4サイクル4気筒
排気量:908cc
最高出力:115PS / 9,500rpm
車名:GPZ750R
重量:228kg
エンジン:水冷4サイクル4気筒
排気量:748cc
最高出力:77PS / 9,500rpm
姿かたちは同じでも、国内モデルは自主規制によって排気量やパワーが落とされています。GPZ750Rなど輸出モデルがベースのバイクは「輸出モデルの劣化版」、「輸出車のおさがり」というイメージはぬぐえません。実際には圧倒的なパワーよりも、日本の道路事情に合わせたチューニングが施された750ccのほうが乗りやすいのですが…
ライダーはいつの時もおバカさんです。
新しい時代に幕を開ける…はずだったGPX750R
「おさがりなのがダメなんやろ。新設計なら爆発的にヒットするに違いないやん」
そうカワサキが思ったかどうかは知りませんが、そんな流れで世の中で登場したのがGPX750Rです。
メーカー名:カワサキ
車名:GPX750R
重量:195kg
エンジン:水冷4サイクル4気筒
排気量: 748cc
最高出力: 77PS / 9,000rpm
戦闘機をイメージしたエッジが効いたデザインのGPZ900Rに対し、GPX750Rは空気抵抗を研究したなめらかなデザイン。パワーユニットは、GPZ系エンジンのサイドにオフセットされていたカムチェーンをセンターに移し、バブルの挟み角を小さくすることによって、ヘッドをコンパクトにまとめるなど、専用設計だからできるダイエットの神が降臨したような軽量化が図られ、GPZ750Rよりも約30㎏以上も軽くなっています。
GPX750R発売当時は空前のおニャン子ブーム
1986年という年は、「おニャン子クラブ」が一大ムーブメントを起こしていました。1月にフロントボーカルのうちのひとりだった新田恵利が「冬のオペラグラス」でソロデビューすると、堰を切ったように国生さゆり、渡辺美奈代、渡辺満里奈なども次々とデビューし、ランキングはおニャン子関係で埋め尽くされていました。男子高校生の間では「昨日の夕ニャン(夕焼けニャンニャン)見た?」「おニャン子の中で誰が好き?」と聞くのが挨拶代わりでした。
ちなみに出せばランキング1位間違いなしのブーム真っ只中、国生さゆりの「バレンタインキッス」は2位どまり。「何で私だけ1位じゃないのよぉぉぉぉぉぉ!」と周囲に当たり散らしていたそうです。
GPX750Rのライバルたち
バイクに目を移すと、相変わらずのレーサーレプリカブーム。GPX750Rのライバルたちは「いかにも」と言ったメンツが揃っていました。
ホンダCBR750スーパーエアロ
峠道を攻めるCBR400RやCBR250Rとは異なる、快適性を求めたツーリングユースモデル。おっとりした性格があだになり、GPX750R同様、パッと表れてパッと消えました。
メーカー名:ホンダ
車名:CBR750 スーパーエアロ
重量:199kg
エンジン:水冷4サイクル4気筒
排気量: 748cc
最高出力: 77PS / 9,500rpm
ヤマハFZR750
1987年に発売されたヤマハのワークスYZF750のレーシングスピリットを受け継いだレーサーレプリカ。当時はこれに乗って皮つなぎを着て北海道をツーリングする人もいました。
メーカー名:ヤマハ
車名:FZR750
重量:203kg
エンジン:水冷4サイクル4気筒
排気量: 748cc
最高出力: 77PS / 9,500rpm
スズキGSX-R750
1985年にルマン24時間耐久レースに出場し、ワン・ツーフィニッシュを飾った血統書付きのレプリカ。どのメーカーも冷ややかに見守り、決して真似することがなかった油冷エンジンが光ります。
メーカー名:スズキ
車名:GSX-R750
重量:181kg
エンジン:油冷4サイクル4気筒
排気量: 748cc
最高出力: 77PS / 9,500rpm
GPX750Rは苦み走った漢のバイクだ!
まるで「不器用な男ですから」と言っているように、カタログを賑わす言葉もなければ見た目も渋め。
GPX750Rは「お前は高倉健さんか!」と突っ込んであげたくなる雰囲気を持っています。
しかもどんな魅力的なバイクでも、セールスが伸ばせなかった不運の排気量とくれば、販売台数は見込めません。数年だけ発売された後、炎のように消えて行ったのでした。
セールスが思わしくなかったからと言って、GPX750Rがダメなバイクなわけではありません。1988年の同クラスの年間販売台数を見ると、最も売れていたFZR750でさえ約1,800台程度。全体的に売れない750ccクラスにおいて、GPX750Rの年間880台は健闘している方だと言えるでしょう。
GPX750Rを購入した人は、ツアラー的バイクを好む人たちが多く、空気抵抗に優れたフェアリング、街乗りから高速道路までマルチに対応するエンジン、軽くて取り回しがしやすい車体、21リットルの大型タンク、タンデムがしやすく積載がよいリアシートなど、人に寄り添った機能に魅力を感じていたようです。
多くがプレミアがつくカワサキ車の中でも、GPX750Rの中古車価格は平均50万円以下と手頃。よく見れば優等生フェイスも、信頼できる頼もしいアニキに見えます。もしショップで見かけたら、ぜひ購入を検討してください。