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激烈チョロバイ伝説 ステージ14 白バイ一本勝負「ホンダ・CB750F-P」

※記事内容は全て執筆時点の情報です。

激烈チョロバイ伝説 ステージ14は、白バイ一本勝負。商品化されている「ホンダCB750F 白バイ」と共に現行のCB1300Pを紹介します。大型バイクを軽々と乗りこなす姿はカッコいいけど、絶対にお世話になりたくない。白バイ隊員はそんな存在です。「いつ誕生したの?」「なぜ白いの?」「スタンダードとの違いは?」など白バイを掘り下げました。

最初は白くなかった!白バイの歴史

大正7年(1918年)に警視庁で初めて警察用のバイクが採用されました。これが白バイの元祖です。しかし当時は赤色(あずき色)の車体で「赤バイ」と呼ばれていました。

「当時は赤い車両が少なく、緊急車両であることが分かりやすかった」という理由だそうですが、大正初期にはバイクなどごくわずか。赤くなくても相当目立っていたでしょうね。国内メーカーがバイクを製造するのはまだまだ先のこと。アメリカ製の「インディアン1000」などが警察車両として採用されていたそうです。

国内3メーカーの原型が誕生

出典:スズキ株式会社オフィシャルサイト

同時期にのちに国内バイクメーカーとなる企業が誕生しました。業界をけん引するホンダはまだ姿を現していません。カワサキは造船、ヤマハは楽器、スズキは織物機械からスタートしました。

1878(明治11)年に 川崎正蔵が「川崎築地造船所(のちのカワサキ)」を創業
1889(明治22)年に山葉寅楠が「合資会社山葉風琴製造所(のちのヤマハ)」を創業
1909(明治42)年に大工から身を起こした鈴木道雄が「鈴木式織機製作所(のちのスズキ)」を創業

赤バイから白バイへ

1936(昭和11)年8月1日、ヨーロッパ各国やアメリカの白バイにならい、警視庁の赤バイは白色に変更されました。白は「平和と清潔」を表す色であるなど諸説ありますが、必ずしも外国の警察車両のバイクが全て白いわけではないので、後付けの理由だと思います。現在は法律で白でなくてはならないと定められているので選択の余地がありません。

白バイは1940年(昭和15年)6月に一度廃止されましたが、1945(昭和20)年にサイドカー5台、バイク10台で復活しました。その後、全国の交通機動隊にも白バイが導入され、今日に至っています。メーカーは入札によって決まり、昭和30年代にはメグロやカワサキが白バイのベース車両になったこともありましたが、現在はホンダ車が多くを占めています。

ホンダ・CB750F 白バイを精巧に再現

チョロバイはホンダ・CB750F 白バイをモデル化しています。ベース車両のCB750Fは、同クラスの販売台数が月200台程度の時代に1,500〜2,000台も売り上げたヒット作です。扱いやすさから「優等生バイク」と呼ばれてました。

CB750F 白バイは、赤ランプやサイレン、エンジンガードや書類ケース、デカールなども細かく再現されています。大型バイクを軽々と乗りこなす白バイ隊員はライダーなら一目置く存在ですが、サイレンを鳴らして追尾された緊張感は味わいたくありません。安全運転を心がけましょう。

公道の守護神「CB1300P」

こちらは現在活躍しているホンダ・CB1300Pです。左右に赤色灯、サイレン、スピーカーなどのスイッチが設置されています。すごい加速で違反車を追いかけますが、エンジンは水冷4ストロークDOHC4バルブ4気筒でノーマルです。

スピードメーターは、追尾して違反車の速度を測るため、スタンダードモデルよりも大きくなっています。「それ以外の基本性能は市販車と変わりません」とのことでした。
ハンドル右側に装着されているスライド式レバーに「PMS」の文字が見えます。Pがパトライト点灯、Mがマイク、Sがサイレンだそう。フル装備の重量は約300㎏。現在は100人ほどの女性隊員がいるそうですが、タフでなくては勤まりそうにありません。

目指せ!白バイ隊員

白バイ隊員になるには、都道府県警の警察官採用試験に合格し、警察学校を卒業したのちに交番勤務などで警察官としての実績を積んだ上で上官から推薦状を受け、審査をパスした人にだけ「白バイ隊員養成訓練」を受ける資格が与えられます。警察官採用試験の年齢上限は都道府県によって異なりますが、だいたい30歳くらいまで。興味がある方は、チャレンジしてください。

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