宇宙、そこは最後のフロンティア–––。
こんにちは、ライターの田中宏亮です。
いよいよ月面を走るバイクが生み出されようとしています。ドイツのバイクカスタム会社 HOOKIE が月面探索を想定したバイク「Tardigrade」を制作しました。NASA(アメリカ航空宇宙局)に採用されたわけではなく、HOOKIEの宇宙事業に向けた意気込みが具現化した いわゆるコンセプトバイクです。これについてNASAからの公式コメントはなく、あくまで有志による願望の域は出ていないのですが、2022年3月まで米ロサンゼルスのピーターセン自動車博物館で開催中の展示会「ADV:Overland」にて展示されているなど、世界のモーターファンの注目を集めています。
それでは この「Tardigrade」を深堀りしていきましょう。
ついにバイクが月面に降り立つ⁉︎
NASAバイクが生まれたキッカケは、ロシアのデザイナー アンドリュー・ファビシェブスキーがネット上に公開した月面バイクのコンセプト画から。そのビジュアルを見た HOOKIE 創始者であるドイツ人 ニコ・ミュラーの心を震わせ、実物を作ろうというプロジェクトが発足したのです。
この世に存在しないバイクを作るわけですから、パーツのひとつひとつからすべてオリジナル。3D CADソフトでデータ化するまでの約半年間を含め、スケッチ段階から実車完成に至るまで9ヶ月を要したと言います。
NASAバイクのスペック
「Tardigrade」はスウェーデンの電気自動車メーカー CAKE の協力を得て製作された電動バイクで、バッテリーやモーター、駆動システムは CAKE が持つノウハウがベースになっています。全長2.6メートル/全高90センチ/車重134キロという設計で、最高時速15キロで満タン充電での航続距離は110キロに及ぶそう。
NASAバイクとともに登場する宇宙ライダーのヘルメットやスーツも、耐久性や耐熱性に優れた最新の素材で作られたとのことですが、このヘルメット、どう見ても BELL Bullitt(ブリット)ですよね……。ヘルメット前部の上下に通気口がばっちりあるので、これ被って真空の宇宙空間に出たら即死してしまいますよ。確かにBullittって宇宙飛行士のヘルメットっぽいデザインなので、イメージに最適だったのでしょう。
月面利用を考慮したホイール&タイヤ
注目したいポイントがいくつもあるNASAバイクですが、特に知っておきたいのがホイールとタイヤです。バルーンホイールと名付けられた6スターデザインの24インチホイールは、当初現代のモーターサイクルに採用されているさまざまなホイールを試してみた結果、研究チームが納得できるものがなかったため「じゃあオリジナルを作ろう」と製作されたもの。
そしてそのバルーンホイールに合わせて製造されたタイヤがチューブレスなのも、月面が未舗装路であることからパンクなどのダメージを追いやすく、省エネ・材料のリサイクルという観点から 損傷したタイヤを材料化し、3Dプリンターで新たなタイヤに作り替えることを視野に入れた仕様となっているのです。
このハンドルバーも3Dプリンター製品だそう。材質はプラスチックで、月面という特殊な環境を考慮に入れ、軽くて丈夫で柔軟性があり、材料としてリサイクル可能な点から選ばれました。
3Dプリンター活用は、加速化する宇宙産業において重要な役割を占めています。月面基地やISS(国際宇宙ステーション)に運ぶ機材や資材を打ち上げるロケットに都度載せていたら費用がかさんでしまいます。そもそも一般的な打ち上げロケットの積載スペースは10%にも満たないとか。
しかし3Dプリンターを現地に持ち込めれば、あとは材料の調達が確保できれば現場で製造・再生産できるので 大幅なコスト削減に役立つのです。この「Tardigrade」のホイールのように、リサイクル可能な材料なら そのままフィラメントとして用いて再製造すれば新品に生まれ変わります。NASAは月の砂(レゴリス)を3Dプリンターのフィラメントとして用いるプロジェクトを進行中で、「利用可能」であることがすでに実証されています。
また、再び人類の月面着陸を目指すNASAのプロジェクト「アルテミス計画」の さらに先にある「火星移住計画」の一環で、これまた火星の土を使った3Dプリンター製住居を建てようというプロジェクトが進行中です。アメリカの建築用3Dプリンターメーカー ICON が NASA の要望を受け、実際にその建造物を3Dプリンティングする模様が動画で公開されています。ご興味がある方はご覧ください。
車名がクマムシなワケ
車名「Tardigrade」の意味はクマムシ。クマムシとは、肉眼では見ることができない微小生物である緩歩動物(かんぽどうぶつ)の通称で、4対の体に8本の足を備える熊のようなずんぐりした体型の生物です。
クマムシが注目される理由はその圧倒的耐性能力で、絶対零度から100度の高温にも耐え、高線量の紫外線、X線、ガンマ線等の放射線に加え、空気がない真空状態でも死なない不死身の体を持つのです。実際に2007年、宇宙空間にクマムシを10日間晒し出す実験が行われ、結果クマムシは何の異常発生もなく生き延びたそう。人間なら秒で死ぬような状況でも、クマムシは平然と生き延びられるのです。
民間企業の参画が次々と進んでいる宇宙開発産業、その発展のカギを握るクマムシの名が冠されたところに、HOOKIE の宇宙事業にかける意気込みとこの電動バイクにかける想いが垣間見えたようです。
まとめ
ネット通販会社「アマゾン」の創始者ジェフ・ベゾスや電動自動車メーカー「テスラ」創始者のイーロン・マスクなどなど、この事業に注目して早い時期から民間企業として立ち上げ・参入が相次ぐ航空宇宙産業。近年のニュースを見ていると、以前よりも宇宙という存在が身近になってきたように思えます。
「宇宙でバイク」というと、2016年に公開された米SF映画『スター・トレック ビヨンド』でクリス・パイン演じるカーク船長がオフロードバイクで船員の救出に乗り込むシーンがありました。200年後の23世紀にこんなガソリンエンジンのオフロードバイクが残っているとは思い難いですが、今回発表されたNASAバイクが第一歩となって、人類が宇宙に進出した先でオートバイという存在が愛され続ける未来へと繋がっていくと嬉しいですね。
それでは皆様、長寿と繁栄を。